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【ネタバレ注意】漫画の実写化って難しいなあ、と『3月のライオン』前後編を見て思ったこと

いろんな漫画が映画やドラマで実写化されているが、実写化に至るのは
そもそもその漫画のキャラクターや漫画の世界観そのものが人気となって
いる。
それを崩すようなストーリーやかキャラクターの改変があると
原作ファンからは批難の嵐を浴びることになってしまう。

漫画の実写化はコスパもよくある程度の興行収入が期待できるそうだが、
原作を愛するファンにとっては黒歴史になりかねない事柄でもある。

しかも原作者本人が納得できない形で改変されることもあって、
しばしば原作者による出来る限りの抵抗がされていることも見受けられる。

だからといって、ビジュアルやキャラクターがイメージ通り、ストーリーも
原作漫画通りとすると、なぜか面白みが薄れてしまう。

じゃあどうすりゃいいんだよー!(神木隆之介の声で)

そんなことを考えながら3月5日、映画『3月のライオン』前後編
イッキ見試写会に行ってきた。

以下、相当な映画のネタバレを含むので注意。

神木隆之介=桐山零のキャスティングが大絶賛されているが、あらためて
見てもやはり大絶賛したい。

島田さんをはじめ、その他の登場人物も漫画の中の人物に似ているという
だけでなく、
「漫画でなく実在する人物だったんだ」と思わせるほど。

映像の美しさもさすが大友啓史監督と言わざるをえない出来だった。
特に島田VS後藤の対局、これだけで1時間見ていたいくらい。

ただ、全キャラクターが登場するわけではないこと、漫画内で
笑わせてくれる要素がかなり削られてほとんど出てこないこと、
どんな映画やドラマでもしばしば見受けられることなのだが、
不自然で説明のない唐突な流れが起きていること。

あくまで個人的な感想だし、本作品に限らないことばかりだけれど、
私にとってはこれらが残念な要素になってしまった。

ここを許せるかどうかで原作ファンにとっての映画評は変わってくる
だろう。

原作に忠実な部分がたくさんだけに、かえって細かい部分が気になって
しまった。

具体的には何があるか、覚えている限り。かなりのネタバレです。




・零は幸田家に来た時点では将棋が弱い子で、香子には勝てなかった。
 (原作では最初から頭角を現していたはず)
・スミスがスミスと呼ばれず三角さんと呼ばれ続けている
 (これが地味に悲しい)
・零が酔っ払って具合が悪くなるのはスミスたちと飲みに行ったあとに。
 こんなになった零をスミスや一砂が置いていくとは思えないのだが……。
・零が通う高校において、零がプロ棋士であることが公になっている。
・ちほちゃんのひなたへの態度が冷たい。
・ひなたが零にプレゼントする、ネコのキャラ人形が既製品(ゲームで取った)
 でなくひなたの手作りになっている。
宗谷さんの耳の件は島田から語られる。説明っぽくてちょっとゲンナリ。
 個人的には宗谷さんと零が盛岡でビジネスホテルに泊まるという話が
 なんとなく好きなので。

・もっと宗谷の場面があってもよかったと思う。
 けっこう後藤メインの扱いだったせいか、宗谷さんが神の子のように
 見えにくく、ただの変わり者に見えるような……。

・島田さんが後藤との対局を終えた直後の場で零が
 「(島田さんの)研究会に入れてください」と
 言い出す。島田さんはどう見てもそれどころではないし、こんな時に
 言うか?という疑問、そしてそれまでに研究会のけの字も出てこないので
 とても唐突。

・島田さん宅で研究会が行われ、零が「気持ち悪い」と言った
 ことに宗谷との共通点を見出す様子があったが、そこが回収されない
 まま。

・妻子捨男が現れたとき、零の携帯にあかりからのメールで
 「父が来ている」とあるのを見ているのに、その後ひなたが
 「お父さんなの」と言って零が驚いている。

・捨男がなぜ川本家に来たのかという背景をどう零が知ったのかが
 描かれていないので、零がまるでエスパーのごとく語りだしている。

・零の年収にびびらない捨男とあかり。

いちばん衝撃だったのが、
・捨男と対峙する零。だが、川本家は美咲もひなたも捨男のことをかばい、
 あかりは零を突き放すように
 「今日は帰ってくれるかな」と返す。
・ひなたが「それでも私達のお父さんなの」と父をかばう。

・これがきっかけで零はひなたからの手作りプレゼントをゴミ箱に捨て、
 立ち向かう獅子王戦へと集中することになる

この流れだった。
最終的には原作通りにはなるのだが。


妻子捨男のエピソードは、恐らく家族に傷つけられたことのない人には
理解できないもので、原作初出時でもそういう読者がいたのではないかと思う。

川本家は誠二郎を許すことはないというスタンスだが、あかりは
実の父を断ちきれないという思いも垣間見えていた。

迷いがあるなかで客観的な立場の零が「これはおかしい」と踏み込んで
決心できたことに感謝しているはずだったのだが、映画版では零が
「川本家のプライベートな問題にズカズカと入り込んできた」という
扱いになっているのが残念だった。

親子という関係が時に自分の人生を悲惨なものにするということがあり、
そこに愛憎が生まれるというのもひとつの現実なはずだが、どういうわけか
日本の映画やドラマではそうしたことを描いているものは少ない
(近年なら『カルテット』ではそれがあった)。

それを漫画で描けている羽海野チカさんという人のすごさを感じさせられた
エピソードだったと思っていただけに残念だった。

映画版がどういう理由でこのエピソードを改変したのかはわからないし、
残念と思うのは世界で私一人だけかもしれないしで、ここを
本作の欠点としてしまうのはやり過ぎだろうとは思っている。

一流のスタッフたちが作りあげた本作の良さは捨てがたい。

意見には個人差がある(BY生さだ)ので、観に行って各自が判断すればいい。

ラストは原作ファンでも容易に予想できるが、いつかその姿が見たいと
思えるものに向かっている。
これは原作者も当初想定していたラストだそうなので、原作でどう変えて
いくかも楽しみだ。


神木隆之介は本作でさらに評価が上がるであろう。

彼は舞台挨拶の質問コーナーで
将棋会館までの道を歩くというシーンが難しかった。そこには零の日常が
あるから」と言っていた。

私はそのシーンに
「桐山零という人が実在の人物だった」という錯覚を覚えるほど
だったので、彼がいかに深く丁寧に桐山零という人物を演じようと
立ち向かっていたかがわかるコメントだと思った。

ただのイケメン俳優なんかじゃない。もうエンタメ的な作品に出すには
もったいない人なので、今後は出る作品ももっと選んでいいのでは
ないだろうか。